足利市の神社・仏閣
義兼の霊を祀ったことが始まりとされ歴史的由来とあわせて価値の高い建造物
鑁阿寺の開基足利義兼が身内の菩提のために創建した樺崎寺跡(国史跡)のなかにあります。3代目義氏がお堂を建て、八幡を勧請して義兼を合祀したことが八幡宮のはじまりと言われています。現在の御堂は、天和年間の再建といわれ平成元年に修復されました。
有
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みんなの声でわかる、スポットの特長
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看板を見かけては、いつか足を運んでみたいと思いつつ毎回宇都宮市への帰り際だったため、中々行けずじまいでした。この日は時間に余裕があり、やっと念願叶い初めて伺いました。北の郷農産物直売所から、近い距離です。茅の輪くぐり、行ってきました^_^周辺は田園風景で長閑なところ。園池もあり、とても趣きのある光景。お城の跡地でもあり、説明書きを読んで頷いたり歴史に思いを馳せたりと、タイムスリップした感覚になりました。やっと手を合わせる事ができ、感無量!‼ (訪問:2026/07/05)
掲載:2026/07/08"ぐッ"ときた! 28人 -
足利市文化財特別公開で訪れコチラは本殿(足利市文化財)の玉垣内に入場出来ました。本殿床下には鑁阿寺の奥の院とした下御堂(法界寺)だった頃に足利義兼公が生入定した墓標がたっております。義兼公の没後に足利家の後を継いだ子の義氏公が御堂を建て八幡を勧請して義兼公を合祀したのが樺崎八幡宮の創建で現在の本殿は1681年~1683年の再建です。朱色を基調とした本殿は義氏公が建てた時は赤御堂と呼ばれていたそうです。それは義兼公が自らの血で書いた血染めの遺書があったことから赤く塗ったと伝えられております。それを受け継いでいるんだなと感じました。昭和63年から平成元年にかけて修理工事が行われ腐朽した部分の交換と塗装などをしたとのことで確かにその部分は色が鮮やかでありました。また新たに40cmの深さの雨落ち溝も設けたそうで敷砂利の下に隠れているとのことで雨水が抜けて柱などが腐朽しづらくなり万全です。本殿にはうっすらとですが花々などの当時の絵が残されており貴重で間近で見られたからこそです。本殿を見終えて帰ろうとする時に境内でNHKのインタビューを受けました。当日のテレビのお昼のニュースにソノ様子が放送されたそうです。そうですというのは私はその映像は見ておりません。コチラの神社で話をした人が他の神社で再会しテレビに映っていたよと話してくれたからです。何れにしろ普段は見られない場所に立ちいるのは新鮮と共に新たな発見があることが分かりました。 (訪問:2023/10/14)
掲載:2023/10/18"ぐッ"ときた! 26人 -
北関東自動車道の足利インターチェンジから車で数分のところにあります。お寺の遺跡があるところに神社が存在している不思議な光景ですが、現地の説明板には“明治維新後の神仏分離令により廃寺になった“旨の内容が書かれてありました。境内には、樹齢500年以上といわれる杉の大木や、多宝塔跡などがあります。また、浄土庭園などの復元工事が進められています。全体が整備されたら、また訪れてみたいと思います。 (訪問:2020/01/24)
掲載:2020/02/03"ぐッ"ときた! 19人
※上記のクチコミは訪問日当時の情報であるため、実際と異なる場合がございますのでご了承ください。
基本情報
| 住所 | 足利市樺崎町1723 地図を印刷 |
|---|---|
| TEL | 0284-41-3504 0284-41-3504 |
| 設備 | 駐車場 |
| 駐車場 | 有 |

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