下野市の遺跡・史跡
小金井一里塚のクチコミ
みんなの声でわかる、スポットの特長
- 一里塚11
- 塚6
- 2つ4
- 4号3
- エノキ3
- クヌギ3
- 小金井3
- 樹木3
- 保存2
- 国2
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一里塚とは江戸時代の主要街道に一里(約4km)ごとに築かれた土盛りで、当時の旅人の目印となったものです。「小金井一里塚」は江戸(日本橋)から数えて22番目の一里塚で、一対で残っていて国指定の史跡となっています。ここは以前に訪れたことはあるのですが、その際に、好奇心旺盛の私(笑)は前後の一里塚も気になっていました。というわけで、今回、ここから北上して23番目の一里塚を目指しました。“旧 日光街道“は遊歩道がないため、途中、国道沿いや雑木林の中の道を歩きました。「下石橋一里塚」まで約1時間かかりました(※3枚目の組み合わせ写真を参照してください)。下石橋一里塚は地元保存会の方々のご尽力により案内板などが整備されています。次回は、南側の21番目の一里塚まで歩くつもりです。 (訪問:2026/01/12)
掲載:2026/01/15"ぐッ"ときた! 33人 -
下野市名木30選のエノキとクヌギを見に行きました。小金井一里塚(国指定史跡)の2つある塚の内4号線沿いにある塚の上に生えています。これらの樹木は一里塚が設けられた時の物ではありませんが、それでもドチラノ樹木も樹齢約200年も経過しています。樹高は共に約16mあり双子のように長い時を仲良く過ごしているようです。4号線が奥州街道の頃から見ている生き字引的存在でコレカラも塚の上にドッカと根を張り眺め続けていくことでしょう。 (訪問:2020/04/04)
掲載:2020/04/07"ぐッ"ときた! 13人 -
小金井一里塚を見に行きました。エノキとクヌギが同居しているのが愛嬌があって面白いです。相変わらずコンモリとしていて保存状態が良く、二つの塚に生えている樹木は生き生きとしているように見受けられました。 (訪問:2019/05/04)
掲載:2019/05/10"ぐッ"ときた! 7人 -
4号線沿いに木の生えた小高い丘が2つあります。立て看板も2つあります。塚の中にエノキとクヌギの巨木が共存しています。2つの塚が現存しているのは全国的に稀だそうです。 (訪問:2018/09/16)
掲載:2018/09/21"ぐッ"ときた! 2人 -
二つの塚が残っていて、その間が江戸時代に日光街道があったところだそうです。今は街道の面影はありませんが、この場所に立って、多くの人々が通行したかと思うと不思議な感じがします。街中にある貴重な歴史遺産です。 (訪問:2017/05/02)
掲載:2017/05/09"ぐッ"ときた! 1人 -
小金井駅近くの4号沿いなので、みなさんきっと知らず知らずのうちに素通りしていると思いますが、こちらも国指定の史跡となっています(笑)。一里塚は全国に結構残っているようですが、両側の塚が残っているのは数える程で、今ではかなり貴重だとか。江戸時代に出来た時の道幅がハッキリ分かるので、当時の様子がイメ-ジしやすいですね。ということで小金井付近の4号線は当時の日光街道の少し東側に作られたということになります。 (訪問:2015/04)
掲載:2015/04"ぐッ"ときた! 2人 -
行ってきました一里塚。本当に国道4号線沿いなのですね。二つの塚の間が道幅というあたり、当時の様子を少しだけ体感できたような、そして歴史を少しだけ垣間見られたようなキモチになりました。ロマンですね~! (訪問:2012/02)
掲載:2012/02"ぐッ"ときた! 3人 -
かつて多くの旅人の目印となった日光街道の一里塚も道路の両側に残されている場所は少なくなってきましたね。ここでは一里塚の当時の様子を伺い知ることができますね!! (訪問:2010/08)
掲載:2010/08"ぐッ"ときた! 7人 -
旧国分寺町の四号線沿いを車で走ると、西側に小さな山が見えます。この場所は旧一里塚で、二つの塚が形成されています。近年整備され、立ち寄りやすくなっています。 (訪問:2010/02)
掲載:2010/03"ぐッ"ときた! 9人 -
おくのほそ道、県内を訪ねる途中で寄りました。ここらへんはまだ「日光街道」でもありますね。ちゃんと、二つの塚があり、典型的な一里塚のかたちがのこっていて、昔をしのばせてくれます。この木陰で、旅人たちが休んだんだなと思うと、感慨深いですね! (訪問:2009/08)
掲載:2010/04"ぐッ"ときた! 7人
※上記のクチコミは訪問日当時の情報であるため、実際と異なる場合がございますのでご了承ください。










